大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和45年(行コ)6号 判決 1971年8月25日

名古屋市北区敷島町六番地

控訴人

牛田正夫

右訴訟代理人弁護士

村本勝

奥嶋庄治郎

同市同区金作町四丁目一番地

被控訴人

名古屋北税務署長

高橋多嘉司

右指定代理人

服部勝彦

山本忠範

坪川勉

内山正信

右当事者間の昭和四五年(行コ)第六号所得税課税更正処分取消請求訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を取消す。

控訴人の昭和三六年度分所得税について、被控訴人が同四〇年一月八日付なした総所得金額を五、四二四、三七七円と更正した処分(ただし昭和四三年二月二三日、名古屋国税局長の裁決により一部取消された後の金額)のうち、二、四二四、三七七円を超える部分はこれを取消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴人指定代理人は、「控訴人の控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、左に附加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、ここにその記載を引用する。

控訴人訴訟代理人は新たに証拠として甲第八号証を提出し、当審証人岸川隆憲、同奥嶋庄治郎の証言を援用し、乙第五号証の一、二の成立は不知であると述べた。

被控訴人指定代理人は新たに証拠として乙第五号証の一、二を提出し、甲第八号証の成立は不知であると述べた。

理由

控訴人が名古屋市北区城見通三丁目九番外四筆の宅地(以下本件土地と略称)を昭和三六年五月二二日訴外株式会社西川屋(以下訴外会社と略称)に転貸し、訴外会社より六〇〇万円を受領したこと、控訴人が昭和三六年分所得税の確定申告にあたり、右金員のうち三〇〇万円のみを権利金として、原判決添付別表確定申告額欄記載のとおり申告したところ、被控訴人は昭和四〇年一月八日、同別表記載のとおり再々更正及び過少申告加算税の賦課決定処分をなし、控訴人は右再々更正処分について同年二月六日被控訴人に異議申立をなしたが、これに対し国税通則法第八〇条一項の「みなす審査請求」として、名古屋国税局長は、昭和四三年二月二三日、同じく別表記載の審査裁決額記載のとおりこれを一部取消し、控訴人の総所得額を五、四二四、三七七円と裁決し、前記六〇〇万円全部を権利金と認定したことは当事者間に争いがない。

控訴人は右六〇〇万円のうち三〇〇万円は権利金として、残三〇〇万円は敷金としてそれぞれ受領したのであるから前記五、四二四、三七七円のうち二、四二四、三七七円を超える三〇〇万円については、これを課税金額に算入することは違法であると主張し、被控訴人は右三〇〇万円は実質的に権利金であるから他の権利金三〇〇万円と合せて全部同年分の所得になると主張するので考えてみる。

原審証人西川俊男の証言によりその成立の真正を認めることができる甲第一、二号証に、原審証人西川俊男、当審証人恩嶋庄治郎の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、昭和三六年三月頃、訴外会社は名古屋市北区内黒川方面にスーパーマーケツトの支店を設置することを計画し、その店舗敷地を物色中、不動産仲介業者を通じて本件土地の紹介があつた。訴外会社は、調査の結果、本件土地は数人の土地所有者らが控訴人に賃貸している土地であり、地上には取毀ちを要する家屋もたつていることがわかつたので、これを転借するに躊躇したが、控訴人から地上物件を撤去してさら地にすること、本件土地を訴外会社に転貸することを各地主に承諾せしめること等を確約したので本件土地を転借することになつた。当初控訴人は本件土地を訴外会社に転貸するについて、いわゆる権利金として八〇〇万円位を訴外会社から得たいと望んでいたが折衝の結果六〇〇万円で妥結したが、訴外会社としては、本件土地が他人所有の土地であるので、将来、場合によつては地主から本件土地を買取ることもないわけでないこと、立地条件その他の点から営業成績があがらない場合には、他に移転することも考えねばならずその際には本件土地をさら地として控訴人に返還しなければならないこと等の事情を考え、また不動産仲介業者のすすめもあり、顧問の山本正男弁護士の意見も聴いて前記六〇〇万円についてうち三〇〇万円は権利金とし残三〇〇万円については敷金として提供することとし、その旨控訴人に申入れたところ、控訴人も奥嶋庄治郎弁護士の意見を聴いたうえ、その申入れを容れることになり、昭和三六年五月二二日、奥嶋弁護士方に、控訴人、訴外会社の西川俊男、右山本正男、不動産仲介業者等が相会し、転貸期間六〇年、地代一ケ月六七、二〇〇円とし(期間、地代の点は当事者間争いない)、訴外会社から提供する六〇〇万円は権利金三〇〇万、敷金三〇〇万円と定め、権利金中一〇〇万円は契約成立と同時に支払い、残二〇〇万円と敷金三〇〇万円は控訴人が同年六月一五日限り本件土地をさら地として訴外会社に引渡したときはそれより五日以内に支払うこと、右期限までに土地引渡ができないときは契約は失効すること等を骨子とする本件土地、二五二坪の転貸借契約が成立した。以上の事実を認めることができる。

もつとも、原審証人西川俊男の証言によりその成立の真正を認めることができる乙第二号証の一、二、同証人の証書を併せ考えると、訴外会社は本件土地転借の当初、その頃の法人税の確定申告書添付の貸借対照表において、控訴人に支払つた六〇〇万円と必要経費五〇万円合計六五〇万円を借地権の科目に計上するなどして、右六〇〇万円全額について権利金として扱つていたことが認められるが、当審証人岸川隆憲の証言、同証言により真正に成立したものと認める甲第八号証によればその後、訴外会社は控訴人の指摘もあつて、その記帳上の誤記であることに気付き、昭和四五年三月二〇日になつて、自己の帳簿上借地権貸方票において、右六〇〇万円のうち三〇〇万円について差入保証金として記帳を改め、右三〇〇万円が敷金であることを確定していることを認めることができるので、訴外会社当初の記帳扱いについての右認定事実も前記認定を動かすに十分でない。

原審証人井原光雄の証言によれば、本件土地の当時の価格は坪あたり約一〇万円(総計二、五〇〇万円)ほどであつたと認められ、かかる土地につき、前認定のとおり堅固の建物所有を目的とした期間六〇年の長期の転貸借をした場合、六〇〇万円全部が権利金であつても高きにすぎるものではないといえるし、控訴人が敷金であるという三〇〇万円の額は地代一ケ月分の四四倍余にあたり、土地賃賃借の場合の敷金としては一般の例から見て此か高額であるといえないことはない。しかし、そうだからといつて、契約当事者が前認定のような敷金、権利金の合意をしたことを以てありえない現象ということはできないし、右事情と対比して見て前記各証拠か採用に価しないとまでもしがたく、他に前認定を動かすにたりる証拠もない。

すなわち、本件転貸借にあたり、訴外会社から控訴人に交付された六〇〇万円のうち三〇〇万円は当事者間で敷金として受授されたものということになる。

ところで、賃貸借契約成立の際当事者間で受授される敷金は契約終了後賃借人未払債務があればその弁済にあて、残りはこれを賃借人に返還すべきもので、所得税の課税対象たる賃貸人の所得とすべきものでないから、控訴人が訴外会社から受けた敷金三〇〇万円に対しこれをその所得として課税処分の対象としたのは誤つた処分というべきである。

以上の次第であるから、控訴人に対する被控訴人のなした本件課税処分中所得二、四二四、三七七円をこえる部分は違法のものであつて、これを取消すべきである。

よつて控訴人の本訴請求は理由があるからこれを認容すべく、これと異る原判決は不当であるから取消すべきである。

そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川正世 裁判官 丸山武夫 裁判官 山田義光)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例